私たちは2022年4月にミッションと長期ビジョン「Good Foods 2030」を発表し、同年12月には「日本水産株式会社」から「株式会社ニッスイ」へ商号(社名)を変更し、新たな成長に向けてスタートを切りました。新たに定めたミッションは、「食」を前面に出しています。「健やかな生活とサステナブルな未来を実現する新しい“食”(Innovative Food Solutions)を創造していく」、これを達成するための私たちの強みや競争優位は何だろうと考えると、以前は水産物だったのですが、現在はそれだけではありません。私たちにはもっと大きな可能性があり、水産を包含する上位概念に「食」があり、これを前面に出すことにしました。ただこれは全く新しい考え方というわけではなく、私たちの「創業の理念」の考え方を引き継いでいます。「創業の理念」には、当時タンパク質などの栄養が不足していた日本人に、手頃な価格で魚を供給することで栄養を摂っていただくだけでなく、その途中の無駄を排し、不当な利益を一切要求しないという、高邁な精神があります。時代や環境が変わっても、その時々の社会課題を解決しながら食の新たな可能性を追求しつづけることが私たちの使命であり、存在意義であるという考え方です。
このミッションを浸透させるため、国内ニッスイグループ会社における経営陣と従業員との対話の場であるOne Table Meetingを新たに設け、率直に自分の考えを伝えようと6割ほどの現場を回り(他の役員の訪問を含めれば全職場)、従業員からさまざまな意見をもらいました。一方、海外グループ会社間の情報共有の場であるNGLC(Nissui Global Links Conference)を2022年11月の東京、そして2023年4月に世界的なシーフードショーが開かれたスペインのバルセロナで開催し、ミッションの説明を行いました。当社グループはこれまでもグループ各社がそれぞれの強みを活かしてシナジーを創出してきましたが、新しい“食” の創造というミッションへの共感を得ることでグループの求心力を高め、今まで以上のシナジーや付加価値を生み出していきたいと考えています。また、新たに制定した「ニッスイグローバルリンクス」のシンボルマークによって、ニッスイグループのグローバル展開を社内外に印象づけていきます。
長期ビジョンの達成に向けたもう一つの柱である「サステナビリティ経営」では、社会・人財・環境価値を生み出して経済価値につなげることを目指し、全事業で取り組んでいます。私は新しい“食” の創造のために一番重要なのは人財だと考えており、長期ビジョンで掲げた4つの価値に人財価値を置いたこともそうした理由です。私自身は大学時代、海にロマンを感じ、仮説を立てて研究することが楽しく、研究職で入社したのですが、工場長の経験を経て、人財の重要性に気づきました。例えば、工場で製造する製品は誰がつくっても全く同じにはなりません。同じ生産ラインであっても操作する人が自分の目で見て、何か違うぞとか、ちょっとツヤが無いなとか、機械の設定を微妙に調整することで結果として違うものが出来上がるのです。そう考えると、どんなに工場の自動化・機械化が進んだとしても、人財が一番大事だと思うようになったのです。このところ社会全体でAI活用やデジタル化が急激に進んでいますが、これもどう活用するかは人財にかかっています。当社でもデジタルを活用できる人財の育成が急務と考えています。近年は人財の流動性が高まっており、当社グループが働く人にとって魅力的であるためには、エキサイティングな仕事を提供することが大事だと思います。そのために、経営が率先してそうした職場環境を整備しなければなりません。当社グループの成長には海外展開の拡大が重要ですが、それを担うグローバル人財の育成も行っています。また、将来の経営を担う人財の育成のため、幹部層にグループ会社の経営を経験させ、経営感覚を身に付ける取り組みも重要です。 ダイバーシティ&インクルージョンも大きな課題です。優れたスキルを持ちポテンシャルの高い女性社員も数多く、じっくり対話をして、適切なポストで活躍してもらうことも重要なことだと考えています。私は今年の入社式で新入社員に向けて、「井の中の蛙」の話をしました。「新入社員の皆さんは、大海を知らないかもしれないが、その代わりに皆さんは空の深さ・青さを知っている。そのことを私たちに教えてほしい」と。多様性から生まれる新しい発想や考え方を、当社グループの成長に活かさなくてはなりません。
当社グループの事業は自然資本への依存度が高く、リスク・チャンスの両面で非常に重要な課題です。ニッスイグループが取り扱う天然水産物の資源状態について、現在3回目の調査を行っており、2024年度に結果の開示を予定しています。課題魚種の資源状態を確認するだけにとどまらず、2024年の上期には具体的な調達の改善の戦略に落とし込んでいく必要性を感じています。また2023年度はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の開示フレームワークに沿って生物多様性に関する当社グループの取り組みを整理しており、漁業・養殖が海洋環境にもたらす課題について対応を進めています。脱炭素・カーボンニュートラルについては、2021年11月にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言への賛同を表明し、取り組みと開示の双方について充実を図っています。2050年カーボンニュートラルの実現(Scope 1,2)という高いハードルをクリアすべく、外部パートナーとの多様な連携を模索しています。長期ビジョンで設定した社会・人財・環境価値のKPIについては2016年に設定したマテリアリティを起点に設定されているのですが、大きな環境変化もあり、現在マテリアリティの見直しをしています。サステナビリティの取り組みは成果が出るまでに時間がかかり、ROICなどの数字に反映しにくいものですが、さまざまなリスクを低減することにつながりますので、着実に取り組むことで投資家の皆様の信頼を得ていきたいと考えています。私は理詰めでモノを考えるタイプですし、数字できっちりマネジメントし着実に取り組みを進めます。一方でときどき、動物的な「勘」が働くこともあり、フォアキャスティングになり過ぎず、バランス良く判断する感覚を持っています。目先の取り組みにとらわれることなく、長期で見た大きな絵からバックキャスティングし、段階を踏んだマネジメントをしていきたいと考えています。
現在、グループ全体のリスクマネジメントの体制も見直しています。これまでリスクマネジメント委員会では倫理・労働安全・災害BCP ・情報セキュリティの各課題別部会を傘下に置いていました。さらにサステナビリティに関するリスクはサステナビリティ委員会が、品質に関するリスクは品質保証委員会が中心にマネジメントしており、国内中心でテーマも部会ごとに分断した体制となっていました。これをグループ全体の横串を刺しリスク全体を見て、優先順位をつけて検討していく体制に変えていきます。グループ全体のリスクを適宜、的確に捉え、先んじて経営戦略に落とし込んでいくことで、将来の成長の機会とリスクをマネジメントしていきたいと考えています。
ニッスイグループは今、大きく生まれ変わろうとしています。今秋以降、次期中期経営計画の策定を開始しますが、2030年に向けて大きなジャンプが必要です。私たちの強みは、この統合報告書でもご説明しているバリューチェーンにあります。私はこのバリューチェーンをもっと強くできると思っています。バリューチェーンは1本の細い線ではなく、より太く強靭にしていくことで、横風にも強くなります。世界中のニッスイグループが、一丸となってミッションに基づき企業価値向上に取り組んでいきます。ぜひ、これからもニッスイグループにご期待ください。
2023年10月